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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1642号 判決 1961年11月14日

控訴人(原告) 椎名喜代松

被控訴人(被告) 茨城県教育委員会 茨城県人事委員会

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人茨城県教育委員会が昭和三〇年五月一〇日付で、控訴人に対してなした茨城県立結城第二高等学校教諭より同県立大子第一高等学校教諭への転任処分を取消す。被控訴人茨城県人事委員会が昭和三一年八月一八日付で、控訴人に対してなした茨城県教育委員会の右転任処分を承認する旨の不利益処分審査の判定を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、各被控訴代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、控訴代理人において、被控訴人茨城県人事委員会のなした審査の判定の取消を求める利益は、右判定が誤つていることを明確にするためであると述べ…(証拠省略)…たほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。(ただし、原判決八枚目記録第四四二丁裏八行目「栗原武雄」とあるのは「栗原武夫」の誤記と認める。)

理由

第一、当事者間争のない事実

控訴人は茨城県公立高等学校の教員で昭和一九年一〇月二〇日(原判決に昭和二九年とあるは誤記と認める)から県立結城第二高等学校(以下単に結城二高と略称する)教員として勤務していたものである。被控訴人茨城県教育委員会(以下単に被控訴人県教委と略称する)は地方公務員法第六条により控訴人の任命権者であり、また被控訴人茨城県人事委員会(以下単に被控訴人県人委と略称する)は同法第七条および第八条により、控訴人に対する不利益な処分を審査し、必要な措置をとる権限を有する行政機関である。被控訴人県教委は昭和三〇年五月一〇日付をもつて控訴人を結城二高教諭から同県立大子町第一高等学校(以下単に大子一高と略称する)教論への転任を発令し、同日控訴人はその辞令の交付を受けたが、控訴人は右転任処分(以下本件転任処分という)を「その意に反する不利益処分」にあたるとして、地方公務員法第四九条に基き、被控訴人県教委に対し処分事由説明書の交付を請求し、同年五月二五日付の説明書の交付を受け、次いで同年六月二一日、被控訴人県人委に対し、本件転任処分が控訴人の退職勧告拒否に対する報復的処分であり他の職員に比して著しく不利益な条件をもつてなされた処分であるとしてその取消を求めるため審査の請求をしたところ、昭和三一年八月一八日被控訴人県人委は本件転任処分を承認する旨の判定をなし、同判定書は同年八月二〇日控訴人に送達された。

以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

第二、被控訴人県教委に対する請求について、

一、控訴人に対する本件転任処分は違法な手続により成立したものであるか否かについて。

右についての控訴人の主張は、当裁判所も下記のとおり補足するほか原判決と同じ理由により採用しがたいものと判断するので、この点に関する原判決の理由をこゝに引用する。(ただし、記録第四五八丁表三行目「被告県教委」とあるのは「被告県人委」の誤記と認める。)

(補足)控訴人に対する本件転任処分が控訴人を大子一高校長の有力な補左役たらしめる趣旨で行はれたにしても、あるいはまた転任発令の時期が通常の異動時期でないときに、しかも控訴人が被告県教委からの退職勧奨を拒絶した後余り期間をおかない時期に控訴人の意に反して行はれたにしても、茨城県教育委員会規則第七号「茨城県教育委員会教育長教育次長及び課長の専決規程」第二条第二号の「教育機関の主要な人事」として、同規程第五条(教育長の専決事項)第九号の除外事項にあたるものと解することは困難である。

二、本件転任処分は被控訴人県教委の自由裁量処分の範囲を逸脱した違法処分であるか否かについて。

本件転任の発令がされるまでのいきさつおよびその当時の控訴人の家族関係などについては、当裁判所もおほむね原審とその認定を同じくするので、この点に関する原判決の理由(記録四六二丁表七行目以下四六六丁表八行目まで)をこゝに引用する。

(1)  本件転任処分は控訴人に著しく不利益な処分にあたるか。

公立学校の教員については法律上一般的に転所についての保障はないのであるから、本件転任処分が控訴人の意に反して行はれたこと自体については別段問題とさるべきではない。そしておよそ公務員は国家公務員たると地方公務員たるとを問はず、国民全体への奉仕者としてその職務に専念すべきであると共にそれに対し相当の待遇を受けるべき立場にあるのであつて、公務員に対するある処分が不利益であるかどうかは当該公務員としての立場自体を中心としてこれを判断すべきである。従つて控訴人に対する本件転任処分が控訴人にとつて不利益であるかどうかも地方公務員たる公立学校の教員としての控訴人の地位を標準として考察すべきであつて、公務員たる立場と関係のない個人的な事情をみだりに導入すべきではない。

控訴人に対する本件転任命令は茨城県立結城二高教諭から同じく高等学校である同県立大子一高教諭への転任を命じたものであつて、右転任が降任もしくは降給を伴うものであることなどは控訴人も主張しないところであり、その他右の転任が控訴人の公立学校教員としての地位自体について不利益をもたらす事由については格別の主張立証もない。ただ控訴人は当時結城二高には教員組合の組織があつたが大子一高にはそれがなかつたと主張するが、かような事情はいまだ右転任処分を不利益なものとするに足るものとはいえない。

控訴人は従来の住居地(栃木県小山市)から通勤のできない学校に転任を命ぜられることは二重生活を余儀なくされ非常な不利益であると主張するのであるが、なるほど結城二高在勤当時の控訴人の住居地たる栃木県小山市から転任校の大子一高所在地の茨城県久慈郡大子町までの距離は約一二二粁余で汽車を利用しても往復に約七時間を要することは顕著な事実であつて、栃木県小山市からの通勤は到底不可能であろう。しかし職を公に奉ずるものは、常に必ずしも本来の自宅から通勤のできる場所にだけ勤務し得るものとは限らないのであつて、勤務地の近くに居を移し、もつて職責の遂行に支障なからしめることは公務員たる立場上当然の義務である。もとより本来の自宅から通勤のできる場所に勤務のできることは、本人にとつて何かと便宜の点が多く好都合であることには相違ないのであつて、被控訴人県教委が教員転任の方針として、控訴人主張のように、従来の生活の本拠から通勤可能な範囲において行うと言明したにしても、それが一般的な指針としての言明と理解する限り別に不思議とすべきではない。しかし数多い学校がそれぞれ教育機能を十分に発揮できるよう適切な職員の配置をしなければならない教育行政上の責任者たる県教委としては、教員の転任についての一般的方針はともかくとして、すべての教員が本来の自宅から通勤し得るよう措置することは至難の業であつて、時に例外のあることも人事行政の運営上已むを得ないところというべきである。前に認定した控訴人方の本来の家業(農)及び家族構成の点などからみて、控訴人がその一家をあげて転任先に居を移すことは事実上できない事情にあるものと認められるけれども、本来の自宅からの通勤が可能であるということは公務員たる地位に伴う当然の権利でも利益でもないのであるからして、控訴人が本件転任処分の結果、従前の住居から勤務先へ通勤するという便宜を失い家族と別居せざるを得なくなつたからといつて、本件転任処分が特に控訴人にとつて不利益なものということはできない。

控訴人は、控訴人自身農家の主宰者として自己所有の農地を管理耕作することが、本件転任処分により不可能になつたと主張するけれども、控訴人方には既に相当の年令に達した長男(大正九年生)夫妻が居住して農業に従事しており、控訴人が転出しても差当り営農に支障を及ぼすものとは認めがたいのみならず、本来公務に専念すべき立場にある公務員として、他の業務にたずさはることができないからという主張自体が、甚だ諒解に苦しまざるを得ないところである。いやしくも公務員たる地位に止まる以上、右のような言い分は転任を拒む正当な事由とはなり得ないものというべきである。もちろん控訴人が教職に専念すべき立場にあるとはいえ、公務の遂行に支障のない限り余暇を利用して農業にたずさはることは差支えないのであろうけれども、それは公務員としての権益とは無関係の事柄であつて、控訴人が本件転任処分の結果右のような便益を失うに至つたからといつて、本件転任処分が不利益処分にあたるものといえないことは前段に説明したところと同様である。

なお本件転任処分当時控訴人と同居していた実父喜一郎は明治六年生の高齢で昭和二十二年以来慢性腎炎、心臓不全症などを病んでいたことは成立に争のない乙第六号証、原審における控訴人本人尋問の結果によつて認め得る。そして前に認定した控訴人の家庭の模様からみると控訴人が老令の病父を転任先に連れていつて看護することは困難でもあり、また適切でもなかつたものと推認し得る。老父と同居してこれを看護したいという控訴人の気持は十分察し得られるけれども、他に看護にあたる者がいなかつたわけでもなく、また控訴人の転任先も時折り帰宅して老父を見舞うことができない程遠くはないのである。のみならずこうした私生活面の不如意も一般に公務員たる者の免れ難いところであつて、これまた本件転任処分自体が不利益処分にあたる事由とするに足るものではない。

以上要するに控訴人に対する本件転任処分が、被控訴人県教委の人事行政の面からみて、適切妥当であつたかどうかはともかくとして、それが法律上控訴人にとつて不利益な処分にあたるものとは認めがたい。

(2)  本件転任処分は人事行政上の必要性を欠くか。

本件転任発令のいきさつはさきに認定したとおり(原判決の理由引用)、大子一高の校長神永政好が他に転出し、同校教頭栗原武夫が校長に昇格したために同校に欠員を生じたこと、栗原は「社会」と「農業」を担当していた関係上、栗原新校長から「社会」と「農業」を担当できる教員で、かつ相当の年配者を補充して欲しい旨の要望があつたので、被控訴人県教委は「社会」と「農業」の免許状をもち、且年配者である控訴人を適任者と認め本件転任を発令するに至つたのである。

控訴人は当時大子一高では、社会や農業の免許状を有する教員を必要としたわけでなく、絶対的に足りなかつたのは「国語」の免許状を有する教員であつて、本件転任処分は人事行政の必要に出たものではないと主張するのであるが、およそ県立高等学校の教員に欠員を生じた場合に、これを補充する必要があるかどうか、必要ありとすればいかなる教員をもつて補充するかは、当該学校運営についての直接の責任者である学校長の意向を参酌し、教育行政の衡にあたる県教委がその責任において解決すべき事柄であることはいうまでもない。本件の場合において当時大子一高に教員の欠員があり、それを補充する必要のあつたことは控訴人もあえて争わないのであつて、ただ「社会」と「農業」の免許状をもつ控訴人をこれにあてることは適切でなく、その必要もなかつたと主張するのである。もとより県教委員の行う具体的人事を常に適切妥当ならしむべく関係教職員等が学校長を通じその希望や意見を県教委に反映させるよう努めることは好ましいことで、県教委もまた謙虚な態度でこれに耳を傾けるべきである。しかし結局何人をもつて欠員の補充にあてるかは人事行政の担当者である県教委の裁断にまつほかはないのであつて、その人事について色々な立場からとかくの批判をいれる余地があるにしても、余程の事情のない限りはこれを違法視し得べきではない。本件の場合、仮りに控訴人の主張するように、当時大子一高としては社会及び農業の免許状をもつ教員よりも国語の免許状をもつ教員の方がより必要度が高かつたにしても、それだけの事情から、控訴人を大子一高の欠員補充に振向けたことが必要性のない人事であり、県教委の自由裁量の範囲を逸脱した違法な人事であるということはできない。(本件転任処分の当時大子一高として社会、農業の免許状をもつ教員よりも国語の免許状をもつ教員がより以上必要であつたかどうかは、同校全般の教育運営に関する問題であつて、同校に転任を命ぜられた控訴人自身の利害に直接関係するものではないことはいうまでもない。)

(3)  本件転任処分は控訴人が被控訴人県教委の退職勧奨に応じなかつたことに対する報復手段として退職を余儀なくさせようとして行はれたものか。

控訴人は昭和三十年三月中、被控訴人県教委から、結城二高校長を通じ、あるいは県教委の職員を介し再三退職の勧奨を受けたが、終始これを拒否してきたことはすでに認定したところである。もとより控訴人が右退職勧奨に応じて退職したとすれば、本件転任の問題が起る余地はなかつたのであるから、本件転任処分は控訴人が退職勧奨を斥け依然として教育公務員たる地位を保持したことがその因をなすものであることはいうまでもない。そして被控訴人県教委の控訴人に対する退職の勧奨は相当に執ようなものであつたこと、転任発令の時期、転任の場所等を合はせ考え、更に被控訴人県教委が本件転任処分に先立ち控訴人をして転任を納得させるために十分な努力を払つた形跡の認めがたいことなどからみて、転任を命ぜられた控訴人としては本件転任処分が控訴人の退職拒否に対する報復として行われたものと推量することも一応無理からんところと考えられなくはない。しかし被控訴人県教委が控訴人に対して退職を勧奨したのも控訴人に対する個人的恩怨によるものではなく教育行政上の要請にもとずいたものであることはさきに認定したところからみてこれを窺知するに足り、また本件転任処分も県教委において行政上必要と認めてこれを行つたことはすでに説明したところである。被控訴人県教委が特に控訴人の退職拒否に対する報復手段として退職を余儀なくせしむべく本件転任処分を行つたものであることを確認するに足る的確な資料はない。

三、被控訴人県教委に対する本訴請求の当否。

以上説明の次第で本件転任処分は、手続上違法でなく、また実体的にも違法として取消さなければならない瑕疵があるものとは認めがたいから、これが取消を求める控訴人の請求は失当である。

第三、被控訴人県人委に対する請求について。

被控訴人県人委の行つた本件転任処分の審査手続に違法ありとする控訴人の主張は採用しがたい。そしてその理由はこの点に関する原判決の理由(原判決理由第二の二―記録四七六丁表四行目以下)と同趣旨であるからこゝにこれを引用する。また同被控訴人が右審査の請求についてした本件転任処分を承認する旨の判定も違法であるとする控訴人の主張の採用し得ないことは、既に被控訴人県教委に対する控訴人の請求について説明したところによつて明らかである。従つて控訴人の被控訴人県人委に対する請求も失当である。

第四、むすび。

上記と結論を同じくする原判決は相当で本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 小池二八 安岡満彦)

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